船行鉱山跡地
概要
・隆起花崗岩の島屋久島は、その花崗岩と堆積岩の接触面にタングステンを主とするレアメタル類が産出され、戦前~戦後にかけて多く産 出された。
・試掘も含めて鉱山跡は複数存在し、林業と並んで一時の屋久島の経済を支えたと言える。
・平野集落の仁田鉱山が規模と名声において最大となるが、産業遺産としての保存状況においては(知られていないという事もあってか)この船行鉱山も十分特筆すべきものがある。
・明星岳を松峰の山と呼ぶならば、かつての「船行鉱山」の所在地も現松峰にある事となり、その名は船行でも松峰集落の項目として取り 上げるべきだろう。
・但し鉱山には鉱石マニアによる盗掘がつきものであり、他の鉱山跡 でもすでに被害がある事が分かっている。取り扱いには一考の必要が ある。
【場所】 鍋山国有林104-105林班内(現安房上水道水源地奥)(事業所) 30.3405972, 130.6280778
【事業の経緯等】 昭和16年~20年に大阪府堺市に本社を置く向陽化学工業(株)により屋久島重石鉱山という名で操業。大阪本社に鉱石を送っていた。 昭和27-29年に屋久島タングステン鉱山(株)の名で再度操業、30名ほどの従業員がおり、仁田鉱山に鉱石を卸していたとされる。
・選鉱場では水車があったという話があり、実際水路らしき遺構も見 受けられる。単に動力利用があったという話のみならず、碍子が落ちていた事、鉱山では明かりや動力に電気が好まれる事からしても水力発電を行っていた可能性も高い。
・選鉱場には少量のズリ石、鉱石の粉砕に使ったらしい石臼も二個残されている。
・現在松峯の岳参りに使用している船行方面から明星岳~船行前岳間の鞍部へと上がる道は元々この鉱山へ通じる道であり、鞍部に宗教的な祭壇らしきものが存在する。
・この近くに坑口、露天掘り跡、道跡の石垣等の遺構も残っている。
・選鉱場は一般的な明星岳登山道から少し入った場所にあり、平野の仁田鉱山や長峰の早崎鉱山と同じく三段に分かれた造成地として残 り、遺構は比較的奇麗な状態が保たれている。
【資料】
屋久町郷土史第三巻 P250・P574